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マラソンの思い出
2013年11月26日

こんばんは。

フルマラソンの敗北から一夜明けた11月24日(日)の目覚めた朝は頭が痛いし、鼻水は出るし、咳は止まらないという最悪な一日の始まりでした。

薬を飲んで終日寝て過ごしました。寝ながら前日のリタイヤの原因を考えました。
・体調が万全ではなかった。(少なくとも普通の状態ではなかった)
・スタートから飛ばしすぎた。
・スタートの時、空腹だった。(17km時点でエネルギー切れを起こした)
・うぬぼれていた。
・計画性がなかった。(目標タイムを決めていなかった)

この失敗を次の挑戦では経験として活かしていきます。

「スタートから飛ばしすぎた」は昔から変わっていないというか…
父からよく、思い出として言われるのは中学一年生の体育祭でのことです。
私は小学6年生の時に1,500m走に出場し学年で15位ぐらいの成績(男子120人ぐらい)でした。
そして中学校は公立ですが、生徒数が多すぎたので小学校からそのまま繰り上がりです。
学年内の運動レベルもそのまま繰り上がっている状態でした。

そのため、中学一年生の体育祭で1,500mに出場する私は下馬評では優勝候補、どんなに調子が悪くても3位には入るだろうという周囲の予測と本人のうぬぼれがありました。(昔からすぐにうぬぼれます。)

一周200mのトラックを7周半します。
そして、スタート!
私は全速力でトラックを走ります。そう、全速力です。
3周するぐらいまでは2位と半周以上差をつけて走りました。応援に来ている両親、特に父親は猛烈に喜んで大声で応援してくれています。応援席ではクラスのみんなも「行け!行け~」と応援してくれています。

ところが、4周目辺りから体力の限界がきてどんどん失速していきます。7周目にはビリになりゴールするころには次の競技は私のゴール待ちという事態になっていました。
友人たちは体調不良やケガを心配してくれましたが、ただのペースオーバーです。バカです。
この頃から先行逃げ切りの性格なんでしょうネ!

父は私が抜かれて行くたびにアレレ?って感じで控えめに応援していたそうです。
今となっては良い思い出ですが、恥ずかしい思い出です。

ではまた。

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